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思い出話 レーベン号

ボランティアバスツアーで念願の牡鹿半島へ

牡鹿半島へ出発
2011年10月、念願の宮城県 牡鹿半島へ被災地ボランティアへ行ってきました。牡鹿の被害状況はずーっと耳にしておりましたが、いかんせん東京から週末のみ行くには遠く、初心者マークの俺ひとりが運転するのは困難そうな距離。さらに道路の陥没や冠水も多く、リアルに危険だよと警告されていた場所でした。

そんなときに教えてもらったのが今回乗車したボランティア・バスツアー「レーベン号」。

往復3,000円(当時)という超格安の値段で、金曜の夜出発~土曜作業~日曜早朝に東京に戻るという、労働者階級の俺らにも参加しやすい設定。これはもう乗っておくしかないということで、即座に申し込みしました。

金曜夜23時。日比谷の集合場所へ向かうと、すでにレーベン号が到着しています。

なかなかキレイな見た目。車体にはたくさんの寄せ書き。勇ましい「絆」の文字や愛らしいワンコの写真。他のボランティア・バスツアーが通常のバスを使い回しているのに対し、レーベン号は「ボランティア専用車」であることに意気込みを感じました。早速我々も乗り込むことに。

サンフランシスコのバスがそうであるように、ハーコーなヤツらは後ろに座る。ハーコーなヤツほど後ろに座る。俺とmilchは最後列のひとつ前の座席に陣取りました(いや、正確には行儀よくちょこんと座りました)。

待つこと数十分。ついにレーベン号は牡鹿半島へ向けてエンジンを点火!夜の東京を旅立ちます!!!!!!!

が!その瞬間!!!!!!! 「ンガガガガガガ!」と、強烈な揺れが俺とmilchに襲いかかる!!!!!!! 尻が浮く!奥歯が鳴る!両手は自然に音頭を踊る!!!!!!!

なんと、なんかが壊れているのだろうけど尋常じゃないほど座席が跳ねるのです。タイヤの上に鉄板を置いて走っているようなもんです。ちょっとした段差を通過するだけで胃がひっくり返るんじゃないかというほどの衝撃。脳髄も揺れっぱなし。

「これで寝れんのか・・・」

牡鹿半島到着は明日の8時。車中で少しでも寝ておかないとボラ活動に響きます。そして前列を見渡しても大騒ぎにはなっていない様子。どうもハーコーなヤツらが座る後列だけが揺れるようです。なんてこったい!

道中いくつかのサービスエリアに停車し、その束の間だけは揺れのことを忘れられます。しかし再びエンジンが点火すると、尻は浮き、奥歯は鳴り、両手は自然に音頭を踊りだす!!!!!!!

レーベン号は牡鹿半島へ向けて、俺らだけガタガタ揺れながら夜の闇を突き抜けていきました。

一変した世界へ到着
夜の闇を走り抜けて到着した牡鹿半島は雨。窓の外が雨で見えにくかったけど、破壊された家屋や崩れた山の斜面、風に乗って届く重い臭気、この場所はあの瞬間を色濃く残していました。

なにより驚いたのが、道路のすぐ脇まで波が届いていること。そう、ほぼ波打ち際に道路があるのです。地震による地殻変動で砂浜が消えていました(後で漁師のオッチャンに聞いたところ、前は砂浜が20mくらいあったらしい)。

ここここ、こんな道は夜に絶対運転できないよ!少し踏み外せば海の中じゃん!ガードレールも全部なくなってるし、どういう世界だよココ・・・。

牡鹿半島は圧倒的に人手が足りておらず、やるべきことが無限と思えるほど残っている場所でした。ウワサには聞いていたけど、これほどとは・・・。

レーベン号は無事に牡鹿半島のボランティアセンター(これもボランティアによって運営されている)に到着し、男性陣はボラセンの中で着替えをすることに。

小雨の中、ボラセンまで歩いて行くと亘理町で一緒に活動していた懐かしい顔がチラホラと。そしておもむろに「絵を描いていってください」と画用紙を渡されました。それならばと手作りの子供娯楽室みたいなところでグルグルした目が回りそうな絵を描きまくり、「できましたよ!」と渡したところ・・・

「これ、なんですか?」
「えーと、ぐるぐる星人です。ほらグルグルしてるじゃないですか・・・」
「こういうのよく描けますねー」
「まぁ、はい・・・」
「お名前は?」
「まがりです」
「(絵の下に「マガリ」と書かれる)年齢は?」
「ね、年齢っすか!・・・えーと、35歳です」
「はい(絵の下に「35歳」と書かれる)」

なんという羞恥プレイ!!!!!!! どう見ても35歳が描く絵ではない!!!!!!!

俺の絵が見てみたい方、どうぞ牡鹿半島のボランティアへご参加くださいませ。どっかにあるのかも。

帰り際にウィダーインゼリーと外国の水をもらい、レーベン号へ再び乗車。本日の活動場所である中学校の避難所へ全員で移動です。

今回は雨のため、屋内で漁師さんの道具を作るお手伝いでした。今後はそういった「生活支援」のボランティアも増えていくのでしょう。船も道具も全部流されたとオッチャンが教えてくれました。

約10分のドライヴで中学校へ到着。いざ乗り込むぞと思ったその矢先・・・

「ドスン!!!!!!!」

なんと、降り続く雨でアスファルトの道路と脇道の間が泥状になって流出し、大きな凹みになっていたところへレーベン号の後部車輪がスタックし、車体の後部を強打してしまったのです。

いくら吹かしても動かないレーベン号。少しでも軽くするため全員降車し、タイヤの下へ石をかましたり、倒木を使って持ち上げようとしてみたけど、タイヤは悲しく空回りするのみでした。

「こりゃもう、トラックが通ったときに引っ張ってもらうしかないですね」

被災地ゆえ、大型トラックが頻繁に通ります。そのトラックにお願いして、泥の中から救出してもらうことに。

そして、さすがというかなんというか、あっさり通りかかった巨大トラックにあっさりと救出していただけました。いやー、ボランティアしに来てるのに助けられてるな俺ら。本当にありがとうございました。

やっとこさボランティア作業に取りかかり、あれこれがんばっていたところに告げられた衝撃の事実・・・

「レーベン2号は先ほどの事故のため走行不能になりました」

ボランティア先で救援を待つ
「ですが、皆さんは東京に帰ることができます。陸前高田に行っているレーベン1号と、急遽マイクロバスをチャーターしたので、その2台で皆さんを送り届けます」

・・・なんという機転の速さ!さすがレーベンの社長は永ちゃんが好きなだけはあります。男です。

陸前高田で作業しているレーベン1号の皆さんには、作業を途中で切り上げて牡鹿半島へ向かってもらうことになったため、大変申し訳ない気持ちでした。

「また、レーベン1号の座席は空席が限られており補助席を使うことになります。マイクロバスも非常に小さいため、乗り心地はよくないです。そのため、希望者は仙台から東京まで一般の高速バスへ乗車していただくことも可能です。バスの運賃はレーベンでナンボか負担します」

・・・なんという太っ腹ぶり!さすがレーベンの社長は永ちゃんが好きなだけはあります。男です。

思わぬトラブルだったけど、助け合ってこそのボランティア・ツアー。後は安心して作業に打ち込むだけです。

今回は地元の、正確には地元を破壊されて仮設住宅で生活されている漁師さんたちと一緒に作業できたので、たくさんの話を聞くことができました。皆さんとても明るく前向きで、楽しい作業でした。

さて!作業も無事に完了し、そろそろ帰る時間です。

レーベン1号とマイクロバスの到着を、エンジンのかからなくなったレーベン2号の車内で待つことに。

このあたりは日が沈むのが早いのか、夕方5時ですっかり暗くなり、レーベン2号はボランティアメンバーが持っていたヘッドライトを天井からブラ下げて明かりを取りました。まぁ、雨もそんなに強くないし、のんびり待ちましょう。

「いまレーベン1号から連絡がありました。少し道を間違えて、あと1時間かかるようです」

あるある!まさにあるある!そして1時間が過ぎ・・・

「いまレーベン1号から連絡がありました。ガス欠を起こしたらしく、タンクローリーを呼んでいるのでもう1時間かかるようです」

あるある・・・のか?

いやー、牡鹿まで来てもらうために遠回りの早帰りで、さらに途中でガス欠で立ち往生。本当にレーベン1号の皆様にはご迷惑をおかけしました。大変だったと思います。ありがとうございました。

そんなこんなでお迎えを待つこと数時間。バスのまわりをブラブラしていたら、昼間に一緒に作業をしていた漁師のオッチャンに見つかりました。

「あれ?兄ちゃんたちまだいるのかい?」
「はい・・・実は迎えのバスがガス欠を起こしまして・・・」
「それなら仮設の集会所を使いなよ。バスよりマシだろ」
「お世話になります!!!!!!!」

いやー、もうすっかり助けられていますね。どっちがボランティアか分からないですね。レーベン2号からみんなで集会所へ移動です。真新しい畳敷き、蛍光灯の明かり、なんとも落ち着きます。さらにビールとカップラーメンまで出していただき、恐悦至極。さすがオッチャンたちはもてなし上手!!!!!!!

こういう場合の親切心はしっかりと「ごっつぁん」するのが礼儀。お湯をバンバン沸かしてくれているのに遠慮するのは失礼。カップ麺は「大盛りを超えたキング盛り」という超ボリュームサイズなれど、俺もmilchもスープまでしっかり飲み干し、礼節を尽くしました。

あまりの心地よさに、このまま泊まってもいいんじゃないか、風呂入ってお父さんの背中でも流そうじゃないかと考えていた矢先、レーベン1号とマイクロバスが到着しました。

ようやく東京へ
「本当にお世話になりました」 「おう、気をつけてな」

どっちがボランティアに来てるのかさっぱり分からない挨拶をして別れました。必ずまた来ます。とことんやります。助けるとか助けられるとか、悲しいとかカワイソウとか、そういうのを超越した、もっとコズミック・レベルな感情がありました。

ロストジェネレーション特有の感覚かもですが、今の僕には「ああっ、もう現地の人たちがカワイソウ!どうしようもない被害状況だわ!」みたいな、ヒステリックな感傷はさっぱりありません。「壊れてたら直すっしょ。週末に時間あれば行くっしょ。俺らの世代は募金より行動の方が効果出せるっしょ」という、当たり前すぎる状態になっています。やる気がないとか冷めているんじゃなくて、やるのが当たり前の状態です。やらない方に違和感を覚えます。NEUTRALに考えたらそうなんだもん。

俺とmilchは仙台行きのマイクロバスに乗車しました。仙台から東京行きの高速バスに空席があるのか分からないながら、

・キツイ補助席のレーベン1号で安心して帰るか
・リスクを背負ってでも望みに賭けるか

という選択肢があるなら、迷わず後者!!!!!!! ホームレスになるなら日本一のホームレスに!!!!!!! リング外でトペを避けるようなことはできません。さぁ乗車です。

マイクロバスはギチギチのガチガチで走り出しました。さすがに超満員です。

ようやく帰路につけた安心感から少しウトウトするマガリ。そこへ新たなる事実が・・・

「実はこのマイクロバスもガソリンが少ないです」

闇の中を走る
なんと、ガス欠の悪夢が再び!土地勘のない場所、iPadやらiPhoneやらでガソリンスタンドを探ながら走っていると・・・津波で破壊されたエリアに迷い込んでしまいました。

窓の外は完璧な闇。遠くにオレンジ色の光がうっすら見えます。ヘドロの臭いが車内に充満します。この先にスタンドあるよ!と、Google Mapの地図を見ながら走っても、そこにあるのは破壊されたガソリンスタンドの痕跡のみ・・・。

一瞬、この世界で動いているのはこのマイクロバスだけなんじゃないかと錯覚しました。

どこまで行っても闇。破壊された街しか見えません。

「このまま走るの危険ですよ。もっと市街地を目指しましょう」

どれだけ走ったのか、実際にガソリンがどれだけ残っていたのか、どこにいたのか。ようやく市街地へ到着し、ガソリンスタンドを発見できました。拍手で湧きました。

そしてマイクロバスは無事に仙台へ到着。予定時間よりずいぶん遅くなったけど、東京行きの高速バスも空席がありました。

そして伝説へ・・・
レーベン号の皆さん、本当にお世話になりました。ここでレーベン号クルーとお別れです。

高速バスの時間まで1時間くらいあったので、少しだけブラブラして牛タン定食を食べました。あ、こういうのすごく久しぶりだ俺。

今回のボランティアバスツアーはわずか0泊3日、現地の活動は土曜日の一日だけというショートプランでした。しかし、その中身は(幸か不幸か)すさまじく濃く、たくさんの人の思いや、破壊された街並みの現状に触れることができました。

故障したレーベン2号も心配です。これまで数十回に及び、同志を被災地へ運んでくれたレーベン2号。往復で3,000円というのはどう考えても赤字な値段に思えます。レーベン社の行動を心からリスペクトし、その答えとして今後も参加を続けようと思います。

今回このような文章を書きまくって、「なんか大変だけどおもしろそう」と感じていただければうれしいです。

そういう感覚でボランティアへ参加するのが一番安定して長続きすると思います。会社をドロップアウトして生活のすべてを被災地にかけるのも、まぁ美しいと言えば美しいです。でも僕らの世代は、片方では社会を支えている世代、もしくは将来を支える世代です。両方の役割をキッチリ果たしている方が、(震災から数ヶ月が過ぎた今の時期の)あるべき姿だと俺は考えています。

昼間は今まで通り仕事をやっていましょう。で、週末は野外パーティーもいいけど、ボランティアやってみるのも楽しいですよ。いろんな人に会えるし、温泉もあるし、メシもウマイし。遊び半分でやろうということじゃない。現地に着いたら本気で作業すべき。ただそこへ入るまでの敷居、意識レベルの敷居は、もっともっと低くてよいと思います。おもしろそう、楽しそうという意識で来ても、決して失礼にはならないと思います。物見遊山とかじゃなくね。NO SPECTATOR精神で。

いろんな被災地で言われました。

「東京から週末に、よく来てくれましたねえー」
「まぁ、好きですからこういうの。楽しいから来てるんですよ」
「兄ちゃん、変わってんなー」

ドロまみれになって、汗だくになって、全身筋肉痛になって、テントにひっくり返ってこそ見える世界があります。ジョブズも猪木もこう言ってました。「馬鹿になれ!」と。

・・・ではまた、現地でお会いしましょう。

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