なんとかかんとかスタートしたマガリのバーニングマン2002。
イベントの最中はどのような生活をしていたのか、曖昧な記憶をたどって書いてみたいと思います。
イベント初日、昨日は疲れのあまりバーニングマンを拝むこともできなかったので、今日はチャリこいでバーニングマンまでひとっ走り。
おおお、今年はまた立派やねー。また会ったねー。
と、感慨ひとしおに楽しんでいたら俺の名前を呼ぶ声が。
カメラマンの某V氏でした。
あ、こりゃどうも。マイド、と適当に挨拶。その昔、この某V氏からバーニングマンのアジア圏オフィシャルWEBサイト作成の依頼を受けて断った経験があるので、ちょっと気まずいというか、遠慮してしまうのです。
だってねぇ、オフィシャルなんてやりたくないでしょ。アホな話も書けないし。俺の遊びを仕事にさせないでー。
その後ブラブラしてたら「人心武道」と書かれた看板を発見。
なんのこっちゃ、と思ってたら「あら?日本の方ですか?」と日本語で話しかけられました。
なーんと日本人の奥さんと気のいいアメリカ人のご夫婦キャンプでした。会場には2日前くらいに到着したらしく、僕が泊まることのできなかったブルーノのモーテルに「事前予約」というかしこい方法を使って泊まってきたとの事。
ぐぐぐぐ、うらやましい・・・。予約という手があったか・・。でも自転車だといつ到着するかわからないし、予約できないよなー。うーむ。
いろいろ話をして、さっそくではありますが水と食料を少しいただく。
はー。やっぱり俺って人に助けられて生きているのね。もう4回もバーニングマンに来てるのに、毎年毎年みなさんのお世話になりっぱなし・・。
そろそろ、人を世話する世代にならないとなー。