「美しき緑の星」の日本語字幕版を見た【動画リンク付き】

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インターネットで焚きつけられて話題の「美しき緑の星」の日本語字幕版を見ました。ニコニコ動画で見られるんで、なにかの権力に消される前にどうぞ。読み込みに時間がかかることあるのでゆっくり待とう。

【関連】映画「美しき緑の星」が発禁の理由

あらすじと感想(ネタバレ含む)

オープニングはどっかの星。物々交換のやり取りで盛り上がり、「薬草がいる人!」と、老人が緑の葉をかかげると大人気(ここ、ニヤリとするシーン?)。縁談の話では「男が足りない」など、魅力的なキーワードが盛り込まれます。その星から地球へ派遣される主人公・ミラ。到着したパリの街では公害や肉食やテレビやセルビア難民や貨幣経済など、問題がたくさん。とまどうミラ。とりあえず困ったら頭に両手を当てて「パキーン」とやると、人々は旧来のしがらみ(?)から切断されて無秩序になるので、そのドサクサですべてやりすごすミラ。ミラが歩いた後は一面の無秩序な世界。アナーキー・イン・ザ・パリ。

イエスとバッハは自分の星から派遣されたという「お、おう・・・」な話をするミラ。口紅を見て「化粧しないと愛されないの?」など、地球の文化を否定して言いくるめるミラ。

途中から加わる男の子ふたり。彼らが到着したのはミラのいるパリではなく、どこかの砂漠。そこで暮らす原住民とはとっても仲良しで快適な生活。彼らもとりあえず困ったら頭に両手を当てて「パキーン」ですべてやりすごし、地球の女の子をふたり連れて帰ってエンディング。

・・・そういやこの砂漠の原住民、なんで化粧してないんだろ? 化粧やタトゥーってこのころから続く文化なのに。あと原住民の乳児死亡率とか、どうなんだろ。

ちょいと話がズレるけど、極端な田舎出身な私が都会に憧れた理由のひとつは「文化がたくさんある」ことでした。田舎には映画館も美術館もありません。東京にいれば、世界中の文化・アートに触れることができます。それを渇望していました。

「子供のために自給自足の田舎で子育てを」みたいなことを語る人たち。自給自足だとインターネットも使えないし、文化的欲求はどう満たすんだろうと思います。

私たちに大切なのは「考えること」と「感じること」です。「パキーン」とやってすべてをやり過ごしたり、先人が必要に応じて作り出した知恵(テレビや自動車、貨幣経済)をすべて単純に否定することではありません。

この映画で決定的に欠落しているのはその部分、「考えること」と「感じること」でした。なにかあれば「パキーン」でやり過ごす。上から目線で、地球になんて行きたくないし、オマエらの文明は古くさいと表現しまくる。

・・・あれ?ひょっとしてこれが「切断」するってこと・・・?考えるなってこと・・・?考えずに体制批判しとけってこと・・・? それってひょっとして同じなんじゃ・・・?

私は、自分の親にも感謝しているし、いろいろあったけど幸せに育てられたと思うし、自分が育った時代は先人の努力の上に成り立っているものであり、自分の子供にも同じように暮らして欲しいので、東京でガンガン仕事をしています。

東京にいるのは多彩な文化と人々に触れるため、体が悪かった幼少期の私を、毎日遠くの病院まで車で送ってくれていた母の苦労を知っているためです。東京だといい病院が歩いて行ける範囲にたくさんあるものね・・・。

肉も食べますが、ノラ犬をいきなり刺し殺したりはしません。ベジタリアンをやっていたこともあるけど、体の冷えと体力の落ち方にまいってしまい、止めました。自動車の免許を持っていたおかげで、平日は東京で仕事をしながら週末に東北の被災地ボランティアへ行けました。テレビも持っていますが、友人とも会います。テレビがあるからセルビア難民のことも知っています。貨幣経済のおかげで、腐ったりネズミに食われるようなことなく、富を蓄えて必要に応じて使用することができます。お札をカラーコピーしたりはしません。相互の信頼と思いやり、助け合いによって作られた社会に満足しています。

・・・まぁ、低予算の映画をインターネットのバイラル・マーケティングで売ろうという手法は今後いろんな場面で出てくるでしょうね。

体制を信じるな。だけど、反体制にも利用されるな。考えて、感じろ。パキーンなんてやって、すべてやりすごすな。この社会はそんなに単純じゃないし、私たちにはその力がある。