マガリが一人でやっているんじゃないのか、幻覚を見ているだけじゃないのか等、ごく一部で意外と人気のバーニングマン対談の第2弾です。
ものごっつ深いインナースペースよりわき出てきた「ものごっつ大いなる宇宙の意志」とファンタオレンジ1本で対談を行いました。
マガリ:
思い起こせば1998年から通算4回もバーニングマンに参加している、人生の迷い人。好き嫌いなく何でも食べるけど牛乳だけは飲めない26歳。
ものごっつ大いなる宇宙の意志:
ものごっつ深いインナースペースよりわき出てきた意識体。司会進行を司る。
大宇宙:こんにちは。
マガリ:マイドー。
大宇宙:本日は連続対談の2回目ということで、ひとつよろしくお願いします。
マガリ:ほい。
大宇宙:で、前回の1998年に続いて今回は1999年です。どうでした?1999年は?
マガリ:そうですねー。いろんな意味で「模索」する年でしたね。 実生活でも就職をしないまま大学を卒業し、短期のバイトでお金を貯めつつ風呂なし四畳半の家に住んでましたから、「俺はどうしたいのかなー」とずっと考えてました。
大宇宙:悩める年だったと?
マガリ:はい。1998年のバーニングマンで出会ったCORO君と平野は「BETALAND」というVJユニットを組んで活躍し始めていたし、大阪からは浜崎健さんがアートパフォーマンスをするために大がかりなセットを持って参加してました。そういうのを見ると「あ、俺はなにやってんだろ?」という気がすんごいしてたんです。
大宇宙:ふむふむ。
マガリ:「日本でバーニングマンのWebを作ってる」なんて、なーんの自慢にもならないじゃないですか。日本では他になかったけど、アメリカではそんなのゴロゴロあるわけだし。取り立てて写真がうまいわけでもなく、注目を集めるようなパフォーマンスができるわけでもない。サンフランシスコのIllumination Projectの連中とまた一緒に来てたんですけど、それも「連れて行ってもらってる」という感じがすごいしてきてて、自分たちでレンタカーを借りて参加してるCORO君や健さんたちの方が立派だよなーと思ってました。
大宇宙:パラノってますねぇ。
マガリ:はい。とにかく1999年は悩める年だったんです。やっぱり2回目ということもあって、最初ほどの感動もなく、バーニングマンが燃やされるときも、なにかミスがあったんでしょうけど両手が上がらなかったり、98年はフルムーンだったけど99年はそうじゃなかったし。
大宇宙:ふむふむ。
マガリ:「あー、俺は就職もせずに風呂なしの部屋に住んでこんな砂漠まで人生かけてなにしに来てるんだろ」って考えまくってました。イベントとしては、確かに楽しいものではあったけれど、それ以上に自分のこれからのことを考えてしまったんです。新しい感動を探しに行ったイベントで、厳しい現実を見てしまったというか。
大宇宙:そもそも98年に続いて参加しようと思ったキッカケはなんなんですか?
マガリ:98年は骨折したこともあって今ひとつ満喫できなかったから、99年は思う存分飛ばして行くぞ!という気持ちと、先の見えない我が人生の指針をバーニングマンで得たいなぁという気持ちからです。
大宇宙:でもけっきょく人生の指針を得るどころか、さらに迷ってしまったと?
マガリ:はい。ダメな年でしたねー。
大宇宙:日本に帰ってきてからも落ちてたんですよね?
マガリ:落ちてましたねー。9月に帰ってきて、2000年になるまでマトモに仕事もできませんでしたから。
大宇宙:でもサイトは少しずつ立派になってきましたよね?
マガリ:はい。99年はビデオカメラを持って行ったので動画を載せたり、写真も98年よりいいのが撮れましたので。でもそれって、誰でもできることなんですよ。ビデオはVJのCORO君たちの方がうまいし、写真は健さんたちと一緒に参加していたプロのカメラマンの方がうまいですから。とにかく、「俺ならでは」の何かはないものかと模索し続けていました。
大宇宙:それが、2000年の「自転車一人旅」につながっていくわけですね。
マガリ:はい。もう誰かの力を借りてオマケキャラ的に参加するのは退屈だと感じてきてたんです。自分の道は自分の力で切り開かないと!と思い、強烈なビジョンクエストの旅に出ることを決めたんですね。
大宇宙:写真で見ても99年までと2000年以降は顔がちがってますもんね。整形ですか?
マガリ:ちがうよ。成長なんだよ。人は誰でも成長するんだよ。*1
*1. (C) マイケルジャクソン
大宇宙:なるほど。ではその話はまた次回に。
マガリ:ほい。ありがとうございました。
-2003年4月 なんでファミレスのジュースバーではオレンジジュースとコーラを混ぜたがるのか考えつつ収録-
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