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バーニングマンってなに?
砂漠の中に「自由になんでもやっていい空間」と巨大な木造のシンボル・タワー(人形)が作られます。そこへちょっと個性の強い人たち(たとえばアナタ)が集まって、パフォーマンスやアートやレイブやそれ以外にも楽しくてしょうがないことをしまくるイベントです。
バーニングマンはいつどこで行われている?
アメリカ・ネバダ州の北部にあるブラックロックデザートという巨大な砂漠で行われています。期間は8月の最後の月曜日からから9月の第1月曜日のレイバーデイ(Lobor Day)という祝日までの1週間です。2008年の開催は8月25日(月)から9月1日(月)までです。
会場の広さはどのくらい?
1,000平方キロメートルらしいです。でもとりあえず広すぎてどこからどこまでが会場かよくわかりません。あんまり遠くに行くと何もなかったり泥沼だったり放射能に汚染されてたりします。
ブラックロックデザートで生活するにはどうすればいいの?
ブラックロックデザートはホントに砂漠であり、なんにもありません。水や食料、テント、寝袋、防寒着など十分な装備を持参する必要があります。会場内に公共の宿泊施設、入浴施設はありません。過酷なサバイバル生活になるので、マガリスギ.netでも「サバイバルガイド」を用意しています。死なないように熟読して、覚悟が決まってから参加してください。
バーニングマンという名前の由来は?
巨大な木造のオブジェ「MAN」を燃やすことがイベントのクライマックスになってるのでバーニングマンと呼ばれています。
MANはいつ燃やされるの?
土曜日の夜21時ごろから点火の儀式が始まります。翌日の日曜日は巨大なお寺さん「Temple」が燃やされます。土曜のBurn the Manで大騒ぎして、日曜のTemple Burnで静かになって、月曜日に片づけをして帰るっていう感じです。
バーニングマンに参加するのに金はかかるの?
入場チケットが必要です。購入時期によって段々と値上がるシステムで、だいたい185ドルから始まって最高250ドル以上になります。チケットはオフィシャルサイトから購入できます。
日本からもバーニングマンに参加できますか?
もちろんできます。
一人だけで参加予定ですが、キャンプメイトは探せますか?
mixiのコミュニティ等で募集すると探せると思います。あまり大人数のキャンプだと自由度が減り、お金もかかると思うので、2〜5人くらいでキャンプするのをオススメします。
会場は安全なの?
窃盗や暴力行為はほぼ皆無と思われます。ただし、アートインスタレーションの中にはどうみても危険な感じのものがあったり、ファイヤーパフォーマンスはリアルに熱かったりします。そこらへんは自己責任で対応しましょう。会場内は「ブラックロックレンジャー」というボランティア団体と本物の保安官が見回っています。
貴重品の管理はどうすればいいの?
会場内にロッカールームやクロークサービスはありません。パスポートや現金は車の中に入れて、カギをかけておきましょう。
携帯はつながりますか?
つながりません。会場内の連絡手段はトランシーバー(英語でWalky Talky)が便利です。自由に貼れる掲示板もありますが、貼り紙だらけで実用性は低いです。
友人と待ち合わせることはできますか?
会場入りする前に「○月○日の○時にセンターキャンプのカフェで」というように、あらかじめ待ち合わせ場所を決めておきましょう。センターカフェはドリンクもソファもあるし、ステージパフォーマンスもあるので退屈しません。
インターネットは使えますか?
無線LAN(Wi-Fi)の電波がセンターキャンプから飛んでいます。無料で誰でも使えます。ただし、安定して使えるとは言えない状態なのでシャレの一部(大人のジョーク商品)と考えておいてください。
充電するための電源はありますか?
ありません。発電機を持ってきている人にお願いすると、充電させてもらえるかもです。
トイレはありますか?
仮設トイレがたくさん作られます。紙も基本的にあります。野グソは厳禁です。
子供も参加しているの?
子供も大勢参加しています。保護者同伴の10歳以下の子供は入場無料です。なお、18歳未満は21歳以上の同伴者・保護者がいないと入場できません。
会場内はどんなパフォーマンスをしてもよいの?
爆音を出すようなサウンドシステム、火を使うアートインスタレーションなどは事前にバーニングマン・オフィスに許諾を得る必要があります。会場内を走るアートカーについても事前の許諾が必要です。公然の場における性行為や違法行為は当然禁止されています。
会場内はどこでキャンプをすればよいの?
あらかじめ予約されたエリア以外であれば基本的にどこでもキャンプ可能です。予約されたエリアはエントランスでもらえる地図に書いてあります。適当に探してテント張りましょう。
会場内にお店はありますか?
バーニングマン・オフィシャルがソフトドリンクのカフェと、袋入りの氷を販売している以外、一切お店はありません。食べ物屋もお土産屋も洋服屋もありません。金銭による売買行為は全面的に禁止されています(当然、出店することもできません)。なにか欲しいときはタダでもらうか、物々交換になります。物々交換っていうとなんか仰々しいけど、要するに「シェアリングの精神」です。分け隔てなくプレゼントしまくり、分け隔てなくもらいまくりましょう。ちょっとしたお礼として気軽にプレゼントできる、お菓子とか小物があればさらにハッピーになれると思います。
蚊とかいますか?
砂漠なのでいません。
たき火はできますか?
地面に直接炎がふれるたき火は禁止されています。なにか鉄の桶にでも薪を入れて燃やすなら問題ないです。
やばい、気分が悪い!ってときは?
簡易救護施設があります。茶色い服を着たレンジャーに相談しましょう。マガリはここで骨折の応急処置をし、某編集業の人は点滴を打ってもらいました。
イベント終了後は道が混雑しますか?
バーニングマンが燃やされた次の日は会場から出ていく車で渋滞します。急いで帰らないといけない場合は時間に余裕を見てください。
ヒッチハイクで参加できますか?
「行き」は運頼みとしか言いようがありません。「帰り」はリノまでであれば比較的簡単にヒッチハイクができるでしょう。サンフランシスコやロスまでだとちょっと厳しいかもしれません。
バーニングマンを最初に始めた人は?
ラリー・ハーヴェイというおっさんです。ラリーは今はバーニングマンのディレクターです。
バーニングマンの最新情報を得るには?
とても充実した英語のオフィシャルサイトがあります。実に盛りだくさんです。
バーニングマンに関する本はどんなのがあるの?
ええっとまず、バーニングマン1997がメインで収録されている写真集「BurningMan、2006年に発売された新しい写真集「Desert to Dream: A Decade of Burning Man Photography」がオススメです。真っ黒な本、「sputnik:whole life catalogue」にはバーニングマン創始者であるラリー・ハーヴェイのロングインタビューが載っています。
ではCDは?
まず僕が持っているのはCEIBA RECORDSの「Burning man 98' under the sun」、「goa gil ceiba kode IV @ burning man」の2枚です。内容はバーニングマンとほぼ関係のない音でまとめられており、バーニングマンCDと言われなければただのGOA GIL MIXじゃん!という感じですが、ジャケがかっこいいのでよしとします。もう1つはリノの「THE MELTING POT」で購入した「THE LOUNGE LIZARD COLLECTION」。こちらは1998年にあった「Drano Village」というテーマキャンプのコンピレーションCDです。内容は、なんつーか、僕はこういうのが一番ウトいんですが、ギターを持って歌っています。ブラックロックでライブ録音された音源らしいです。
ではDVDは?
バーニングマン2006や赤いアーティスト浜崎健さんのインタビューも収録された「デラシネ03」、ちょっとアートっぽい「One Minute to Burn」、サイケ色が強かった世紀末の「X-mode Vol.3 Trance Atlantic」、「太陽と風のダンス3」にもバーニングマンの映像が収録されています。
バーニングマンの歴史はどんな感じですか?
とりあえずこんな感じっす。
1986年
バーニングマンサイズ:2.4m
集まった人の数:20人
場所:サンフランシスコ、ベーカービーチ
最初のバーニングマン。木造の巨大な人形を作って燃やすという行為はこの時から変わっていない。昔の恋人とのいざこざを解消するために行われた(最近は「魂の浄化のため」と美化されて言われることが多い)。
そのころ日本と世界とマガリは・・
・東京サミット開催
・三原山が噴火
・チェルノブイリ原発事故
・マガリ小学4年。遠足のお菓子はカールに定着する。
1987年
バーニングマンサイズ:6m
集まった人の数:80人
場所:サンフランシスコ、ベーカービーチ
いきなり6mと大きくなる。
そのころ日本と世界とマガリは・・
・JR、NTTが民営化
・ニューヨークのブラック・マンデー
・マガリ小学5年。初めて床屋で散髪する。
1988年
バーニングマンサイズ:9m
集まった人の数:200人
場所:サンフランシスコ、ベーカービーチ
イベント創始者・ラリー・ハーヴェイは木造の巨大な人形を「BURNING MAN」と名づける。
そのころ日本と世界とマガリは・・
・リクルート事件
・イラン・イラク戦争停戦
・マガリ小学6年。「やっぱ中学入ったらケンカとかしなきゃイカンのか」と心配になる。
1989年
バーニングマンサイズ:12m
集まった人の数:300人
場所:サンフランシスコ、ベーカービーチ
バーニングマンをロープで引っ張り上げて「起立」の状態にすることが始まる。
そのころ日本と世界とマガリは・・
・消費税スタート(3%)
・天安門事件
・マガリ中学1年。トイレに入ったとたんに先輩が殴りかかってくるようなバイオレンスな生活スタート。
1990年
バーニングマンサイズ:12m
集まった人の数:800人
場所:サンフランシスコ、ベーカービーチ。燃やす時にはブラックロックデザートに移動。
ベーカービーチでバーニングマンを燃やすことを警察が禁止したため、ブラックロックデザートに移動する。初めてオフィシャルビデオがリリースされる。
そのころ日本と世界とマガリは・・
・バブル経済崩壊
・イラク軍がクウェート制圧
・東西ドイツ統合
・マガリ中学2年。中学になっても彼女ってできないもんだなーと思い始める。
1991年
バーニングマンサイズ:12m
集まった人の数:250人
場所:ブラックロックデザート
ブラックロックデザートに本格的に移動。そのために参加者も減少している。ブラックロックデザートを会場とするために土地管理局(BLM)の検査が必要となり、ゴミなど一切の痕跡を残してはならないこととなった。
そのころ日本と世界とマガリは・・
・雲仙普賢岳で大火砕流
・ソビエト連邦解体
・マガリ中学3年。受験勉強そっちのけで深夜ラジオにはまる。
1992年
バーニングマンサイズ:12m
集まった人の数:600人
場所:ブラックロックデザート
オフィシャルなニュースペーパー「Black Rock Gazette」が創刊される。「Black Rock Gazette」は会場内でリアルタイムに毎日発行されている。
そのころ日本と世界とマガリは・・
・ユーゴスラビア内戦
・マガリ高校1年。電車で1時間もかかるんでイヤになってくる。
1993年
バーニングマンサイズ:12m
集まった人の数:1,000人
場所:ブラックロックデザート
コミュニティメディアとしてFMラジオ局が開設される。「テーマキャンプ」という形態が定着する。
そのころ日本と世界とマガリは・・
・Jリーグ開幕
・コメ騒動
・イスラエル暫定自治で正式調印
・マガリ高校2年。高校になっても彼女ってできないもんだなーと思い始める。
1994年
バーニングマンサイズ:12m
集まった人の数:2,000人
場所:ブラックロックデザート
バーニングマンのオフィシャルWebサイト設立。オーストラリアのテレビ局がドキュメンタリー番組を制作。フランス、ドイツ、イギリスの雑誌でバーニングマンが取り上げられる。
そのころ日本と世界とマガリは・・
・関西国際空港開港
・マガリ高校3年。受験勉強そっちのけで電子楽器にはまる。
1995年
バーニングマンサイズ:12m
集まった人の数:4,000人
場所:ブラックロックデザート
あまりに大勢の人が集まるために、ブラックロックデザートはブラックロックシティと呼ばれるようになる。インターネットでバーニングマンを題材にするサイトが増えてくる。
そのころ日本と世界とマガリは・・
・阪神・淡路大震災
・地下鉄サリン事件
・マガリ大学1年。一人暮らしスタート。お金がないときにはキャベツを食べればよいことに気づく。
1996年
バーニングマンサイズ:15m
集まった人の数:8,000人
場所:ブラックロックデザート
さらにインターネット上でのバーニングマンサイトが増加。ラリーハーヴェイがバーニングマンの管理のために委員会を設立し、スポンサーになろうと名乗り出た企業からの申し出を一切拒否する。
そのころ日本と世界とマガリは・・
・ペルー日本大使館公邸が襲撃される
・マガリ大学2年。バイト先のコンビニで知り合った子と付き合い始める←普通すぎ。
1997年
バーニングマンサイズ:15m
集まった人の数:10,000人
場所:Hualapai Playa
バーニングマンの写真集がHARD WIREDから発売される。CNN、ABC、NBC、タイム誌、ワシントンポストなどでバーニングマンが報道される。日本、イギリス、フランス、ドイツの雑誌に掲載される。この年は会場が間欠泉の吹き出るHualapai Playaになったが、環境に配慮して翌年以降は使用禁止に(一説によると放射能に汚染されていたらしい)。
そのころ日本と世界とマガリは・・
・消費税3%から5%へ引き上げ
・香港、中国に返還
・マガリ大学3年。バーニングマンの紹介をするWebサイトを立ち上げる。
1998年
バーニングマンサイズ:15m
集まった人の数:15,000人
場所:ブラックロックデザート
日本の雑誌「composite」にバーニングマンの体験レポート記事が掲載される。日本からも突飛な若者(後のVJ Betaland、俺など)が数人参加。
そのころ日本と世界とマガリは・・
・冬季オリンピック長野大会開幕
・マガリ大学4年。初めてバーニングマンに参加。会場に到着して2日目、イベントが始まる前日に左手骨折。
1999年
バーニングマンサイズ:15m
集まった人の数:20,000人?
場所:ブラックロックデザート
イベントが飽和状態であることが問題視されてくる。とにかく参加者が増えてしまった。どんどん一般的(アンダーグラウンドからオーバーグラウンドへ)になっていくバーニングマン。99年は1つの転換期だったと思う。
そのころ日本と世界とマガリは・・
・日本初の核臨界事故発生
・欧州連合単一通貨「ユーロ」導入
・マガリフリーター1年。このころから「仕事を辞めてバーニングマンへ参加」というスタイルになる。
2000年
バーニングマンサイズ:15m
集まった人の数:15,000人
場所:ブラックロックデザート
チケットの大幅な値上げが行われる。Spectatorsを牽制するためか、金曜日以降は当日券の販売もなしという強気な体制。でもその甲斐あってか、イベントはすばらしいものになりました。個人的にも大満喫。
そのころ日本と世界とマガリは・・
・三宅島火山活動
・マガリフリーター2年。どういうわけかバーニングマンの会場まで自転車で走っていく。
2001年
バーニングマンサイズ:21m
集まった人の数:20,000人以上?
場所:ブラックロックデザート
バーニングマンに鳥居のような土台が作られ、高さは自由の女神をしのぐ21mになる。土台のおかげでバーニングマンは気軽に手が届く存在ではなくなった。「Temple」が初めて作られる。
そのころ日本と世界とマガリは・・
・ニューヨーク同時多発テロ
・マガリフリーター3年。契約社員として働く。「マガリスギ.com」を立ち上げる。初めてバーニングマン参加を見送る。
2002年
バーニングマンサイズ:21m
集まった人の数:30,000人?
場所:ブラックロックデザート
アメリカ同時多発テロ後に初めて行われたバーニングマン。会場内ではブッシュ大統領を非難する声や平和的な解決を求める声が多数聞かれた。テロの影響を受け、一時は開催が危ぶまれたが無事開催。
そのころ日本と世界とマガリは・・
・デフレ進行。牛丼は280円に
・マガリはまた仕事を辞めてバーニングマンへ自転車で向かう。事前に行った八丈島での一人合宿の甲斐もあって快調に走りまくれた。
2003年
バーニングマンサイズ:21m
集まった人の数:30,000人ちょい
場所:ブラックロックデザート
アートテーマが「Beyond Belief」と、いきなり精神世界っぽくなる。おかげで参加者たちのアート作りも難しかった様子。
そのころ日本と世界とマガリは・・
・アメリカがイラクに攻め入り、イラク戦争勃発
・もうチャリはいいや、ということで自動車に乗って参加。思えば日本人メンバーと車で行ったのはこれが初めてであった。「きのこキャンプ」というキャンプをみんなで作る。
2004年
バーニングマンサイズ:21m
集まった人の数:35,000人ちょい
場所:ブラックロックデザート
アートテーマは「The Vault Of Heaven(天空)」。
そのころ日本と世界とマガリは・・
・「電車男」大流行。
・6回目にして初めてRVで参加。砂嵐にも負けず、冷蔵庫やジェネレーターやガスコンロのある素晴らしいバーニングマン・ライフを過ごす。皆さん本当にA.RI.GA.TO.U.
2005年
バーニングマンサイズ:21m
集まった人の数:35,000人以上
場所:ブラックロックデザート
アートテーマは「PSYCHE」。
そのころ日本と世界とマガリは・・
・萌えブーム。ホリエモン人気。
・久しぶりに夏を日本で過ごす。バーニングマンはインターネット中継で見てました。
2006年
バーニングマンサイズ:21m
集まった人の数:35,000人以上
場所:ブラックロックデザート
アートテーマは「Hope and Fear」。バーニングマンチームとGoogle Earthチームの共同プロジェクトとして、「Burning Man Earth: Mapping the Cultural Genome」が作られる。
そのころ日本と世界とマガリは・・
・SNSサイト「mixi」大流行。
・クリスタルボウルを7つも抱えてバーニングマンに参加。壊れないか不安だったけど「楽器です!」の一言ですべてを押し通す。
2007年
バーニングマンサイズ:21m
集まった人の数:40,000人以上
場所:ブラックロックデザート
アートテーマは「THE GREEN MAN」。期間中に皆既月食が起こり、大興奮の一夜となったが、なんとバーニングマンへの放火事件が発生。無事に消火し、犯人も逮捕に至るも、バーニングマンオフィシャルが仕掛けたのではないか等、さまざまな疑惑を残している。
そのころ日本と世界とマガリは・・
・安部政権がグダグダのムチャクチャで、民主党大躍進。政治はさらなる混乱期へ。
・マガリはバーニングマンへ参加せず。
そんなにハッピーなイベントなのに日本での知名度が低いのはなぜ?
あまりにも突飛なイベントで、裸やドラッグが多数あるため一般的なメディアでは紹介しづらいのかもしれません。日本からテレビの取材が行くかも、というような話が毎年出てますが、結果としてはすべてポシャってる模様です。でもネットやDVDといった新しいメディアで紹介されているものを、わざわざテレビという前時代のメディアに載せることもないだろうし、それはそれでいいと思います。
アメリカでの知名度はどんなもんでしょうか?
タコ焼き器の家庭普及率と同じくらいだと思われます。
バーニングマンの音はどんな感じ?
トランスからロックからジャズからオールディーズまでなんでもありです。あとはジャンベのセッションも大勢いました。ここらへんはレイブっぽいですね。いろんな場所でいろんな音が出てるので、毎晩ハシゴで遊びまくれます。
では、どんな人たちがプレイしてるの?
99年は、AB, Tsuyoshi, Hallucinogen, X-Dream, Lost At Last, Shpongle, Kode IV, Bufo, Nick Taylor, DJ TeeBee, あと自称サンフランシスコNo.1のDJが大勢来ていました。つーか、すごいメンツじゃん!
でもバーニングマンは自由参加のイベントなので、どんな人がどんなことをやっていてもOKです。日本からレコード抱えて参加するってのもかっこいいですね(熱でやられる可能性が大ですが)。
具体的に、これは必要、これは不必要というものは?
図にまとめてみました(注:あまり信用しないでください)
| いらない | いる |
| 現金 | 巻紙 |
| CDウォークマン | CDJ |
| マルボロ | スカンク |
| ルービックキューブ | シュガーキューブ |
| カメラマン | ホフマン |
| 化粧品 | 装飾品 |
| マイクロソフト | マイクロドット |
| インターネット | 絵はがき |
| 乾電池 | 太陽電池 |
| ラッシュ | MDMA |