2007年ごろにバーニングマンの記事を書かせてもらっていたweb-zine「greenz」の5周年記念を兼ねたイベントがあったので参加してきました。人見知りの激しすぎる俺が、こういうアツ〜イ場に行く理由は、ひとつに過去に世話になった人たちへの御礼、そしてもうひとつは、震災の後あまり未来をイメージすることができず、近視眼的に日々を過ごしてきたことへ変容をもたらしたいというものでした。greenzみたいにもっと未来を・理想を掲げていこうよと。
で、以下はマガリ個人の「所感」であり、イベントの批判でも悲観でもないです。感じたことを偽りなく書きたいだけで、greenzおよび、そこに関わる人たちのことは大いにリスペクトしております。don't miss read, one, two, ready steady go.
「興味のある議題のテーブルに座ってグループディスカッション」という、顔面被差別民族であり人見知りの激しい俺にはキツすぎるお題の下、「宇宙人」とか「サイケデリクスを用いた意識変容」というテーブルを探すも見つけられず、「オフグリッド」のテーブルに座りました。
オフグリッドとは・・・送電線を用いた家庭への電力供給やガスや水道といった、固定のライフラインを用いないこと、およびその生活スタイル。
で、いろんな人からいろんな話が聞けたけど、残念ながら「うほっ」と思うような新アイデアや、「そいつぁすげぇや」と感心できるようなことはありませんでした。
よく考えたら俺は、虚無の砂漠で開催されるバーニングマンというオフグリッド満点な場所に散々滞在し、風呂のない家にその生活スタイルを持ち込んで生活してきました。
風呂がないからガスを引く必要がなく、カセットコンロひとつで料理はすべてまかなえました。ガス代は月に総額300円くらい。電気も、当時は引いてたけど今の時代ならバイト先やマックでiPhoneとエネループを充電すれば、電話もネットもLEDランタンによる部屋の明かりも全部まかなえます。高効率なバッテリー万歳です。これで電気代ゼロ達成です。冷蔵庫はコンビニを有効利用すればよいだけで、各家庭に食料を貯めている方が非効率です。
そんなことを話したら「それ結局電気に頼ってるじゃない」と笑われたけど、それは論旨からヅレていて、電気に頼らないのがオフグリッドではありません。長距離の送電線のようなロスが多い運用ではなく、もっと効率的な運用を目指すのがオフグリッドのハズ。その点では「電気がある場所にみんなが集まって(充電して)持ち帰る」というスタイルは、非常に効率的です。
そして俺の命題は、その効率的な生活スタイルを当時のような風呂なし四畳半で実現するのではなく、一般の人が住んでいるような部屋の規模で実現することだと思いました。それも東京の生活のままで。
田舎暮らしで自給自足やってんですよ〜とか電気に頼らない生活してるんですよ〜というのを聞いても、西海岸のド田舎出身の俺からすると、そんなスタイルはずっと前から実践されているんだよなーと思えてしまいます。反対に田舎だと「車はエコじゃないから持たないんですよ〜」の方が難しいです。東京だと成り立つんですけどね。場所によって求めるべき理想は違うってことですね。
そこらへん、もっともっと話ができればよかったんですが、できませんでした。
もっともっとうまく話ができるようになりたい。もっともっとうまく文章書いたり、そういう連中が好きな横文字をすぐに当てて呼んでみたりしたい。何回な比喩や暗喩、ベッドで使える甘いスラングをマスターしたい。バーニングマンやサンターキーやクリスタルボウルのイベントにかける思いをしっかり伝えられるようになりたい。
そんなことを思いながら、ほぼ満月の月に見とれながら足早に帰りました。勉強なりました。次はもっとゆっくり滞在して、いろんな人と話ができたらよいなーと思いました。まぁ知らない人だらけだとキツイんですけどね・・・。
あとスタッフの女の子がみんなカワユかった。エコとか掲げるとそうなるんすか。プロレスとかLSDとかじゃダメですか。帰りにラーメン食ってちゃダメなんすか。嗚呼無情。
greenz 5周年おめでとうございます。マガリスギはこの冬で15周年!そろそろなんとかしたい!
今日のオススメ:「場所」の詩学―環境文学とは何か/ゲーリー・スナイダー