続き。
初めてのバーニングマンから片手骨折の状態で帰国後、COROくんからこんな言葉が。
「よくお世話になってるDJの人が、最近東京に家作ったから紹介するワ~」
そのDJこそ、サイケデリックトランスパーティーオガナイザー「NEWWORLD」を手がけるFULLMOON MONDOさん。当時の僕はサイケデリックトランス(ゴアトランス)よりテクノ好きなキッズだったが、急速にトランス界に引き込まれて行った。
MONDOさんが桜新町に持っていた旅人のためのゲストハウス、フルムーンハウスで様々な人に会った。とにかく刺激的な場所で、ゴア直輸入の悪そうな音楽や旅先のムチャな話を青二才の僕は聞きまくっていた。
「今ちょうど一部屋空いてるんやけど、電気とか全部込み4万で住む?」
嬉しい誘いではあったが、当時の僕は3万の部屋に住んでいた。4万はちょっとキツイので断ってしまった。
MONDOさんに引っ付いて日本中のレイブパーティーに参加した。1999年の沖縄・阿嘉島フリーパーティーで、VJ BETALANDとしての活動をスタートさせたCOROくん・ヒラノンの2人と再会した。
VJとは映像を操る人らしい
ビデオミキサーというのがカノープスので超高いらしい
VHSデッキをたくさん使うらしい
プロジェクターも安いのは選択肢がほとんどないらしい
当時できたてのジャンルだったVJ。バーニングマンの強烈な体験を過ごしたことが決め手となってBETALANDは産まれたらしい。
ある日、MONDOさんからこんな話を聞いた。
「今度ヨーロッパで日食があって、ドラキュラ城でパーティーやるから行ってくる」
日食?ドラキュラ城?なんかムチャクチャな単語だった。しかしそのとき、日食はとにかくヤバイということ、日食を追いかけている旅人がいること、日本では10年後の2009年に日食が見られることを知った。
「10年後だと俺32歳かー。何やってんだろなー」
続く。
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