月蝕の夜、突然バーニングマンが燃え始めました。大騒ぎの中、一人の男が捕らえられました。
バーニングマンが商業主義的になりすぎていることへの不満を叫びつつ、放火したと伝えられています。
が、しかし。
バーニングマンは会場内の金銭売買が禁止され、一切のスポンサーも付けていない、商業主義的・コマーシャル的なものとは切り離された存在だったハズ(まぁそれは会場内に限ってのことだから、準備段階の裏舞台ではいろんな企業が暗躍してたのかもだけど)。
明確な理由、男の素性や今後の対応が明らかにされない中、e-playaでは「あれはオフィシャル側が仕組んだ壮大なヤラセではないか?」という陰謀説も出ています。
消火に要した費用や作り直しの費用、自然環境に与えるダメージを考えると、オフィシャル側のヤラセというのは考えにくいけど・・・けど・・・あり得なくもない気もします・・・。
さて、ここから下の文章は、非常にバランス取りが難しい話です。気分を害されるかもです。
誰だってそう。「昔の方がおもしろかった!」と言います。「客層が変わった!」「イチビリなヤツが増えた!」と言います。
僕がバーニングマンに初めて参加したのは1998年。当時の参加者は15,000人だったのが、今や40,000人も集まるようになりました。会場内のアートインスタレーションも増え、バーニングマン像はワラの上から台座の上へと手の届かない存在となりました。
ごく普通にカワユイ女の子が「バーニングマンに行ってみたいんです!」と言うのは、嬉しくもあり、戸惑いもありました。あそこは世界中を旅したロクデナシどもが強烈なハイとラヴを求めて集まる場所。砂嵐に耐えながらサバイバル生活をする場所。そんな考えは古臭いだけなのかと思いました。四つんばいにして後ろからガンガン攻めながら説教してやろうかと思いました。
誰にとってもバーニングマンはバーニングマンであり、その内容・受け取り方は十人十色。「こうあるべきだ」というのは、身勝手な主張なのでしょう。でもやっぱり、ゴミの残されたフロアや、通りかかっても挨拶しない生活、割合の少なくなる全裸の人々、ドラッグを取り締まる保安官・・・なんか変わったなーと思ってしまいます。
まぁそんなん言うたら、俺が参加するよりもっと前は、拳銃を撃ちまくったり、野グソしまくったりで快適だった!という歴史もあるのですが(今はどちらも厳禁)。
バーニングマンに放火した男もそんなことを考えていたのかもです。
パンクでアナーキーだった創世記の興奮を呼び戻すべく、ハプニングを仕掛けたのかもです。
そしてそれがオフィシャル側によって行われた行為だとしたら、僕はバーニングマン・オフィシャルがもっと好きになります。やるじゃん!やっぱそうこなくっちゃ!パーティーはお客さんが作るものかもだけど、方向性を決めるのはオーガナイザーでしょ!と。
安心して参加できるキテレツ祭より、ルール無視・なにが起こるか分からないキテレツ祭の方が興奮します。ガッカリすることもあるかもだけど、ロマンを感じます。
そもそもなんで毎年土曜日に燃やすのでしょう?
なんでわざわざ消火して、作り直して再度燃やしたのでしょう?
それはバーニングマンが「一定のルールに乗っ取った商業イベント」になっているからです。
土曜に燃やせば翌日からの連休(アメリカは月曜が祝日)で、お客さんが家路に着きやすいからです。
そんな予定調和をブチ壊す、熱い魂を持った男がいたとしたら・・・。
来年のアートテーマは「AMERICAN DREAM」。
僕らも夢とロマンを持って、このCHAOSでサバイバルしてみましょう。
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